京の冬の旅 金戒光明寺

 京都は学生時代の4年間を過ごした街であるが、この金戒光明寺には、今回初めての訪問。この寺は、会津松平容保が、京都守護職の本陣を初めに置いた地である。だから、会津藩士の殉死者の墓地もある。

 幕末の事項としては、浪士組として上洛した近藤勇芹沢鴨が、京都への残留を願い出て、会津のお抱えとなるに際し、この寺で容保の謁見が叶ったという場所である。

 今回は、寺の中心である御影堂と、そこに繋がる、まさにそのその謁見が行われたという建物が公開されている。

 資料展示では、会津出身の山本八重のものもあり、山本八重は明治期に、同志社の高

校祖新島襄と結婚し新島八重になるのであるが、そのあたりも興味深かった。